どこを読んでも崖っぷち『黄色い家』川上未映子 (ネタバレ・感想)

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『黄色い家』(川上未映子)のレビュー。レビュー
黄色い家

読売新聞で連載されていた、川上未映子さんの『黄色い家』。
帯には「クライム・サスペンス」と銘打たれていますが、描かれているのは「普通に生きる」ことができない人たちが這うように生きる、ギリギリの刹那でした。

今回は『黄色い家』の基本情報やネタバレなしのあらすじ、読後に読んで欲しいネタバレありレビューです。

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基本情報

2008年『乳と卵』で芥川龍之介賞を受賞して以来、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞と数々の文学賞を受賞している川上未映子さん。
最近では、『ヘヴン』の英訳がブッカー国際賞の最終候補になったことも話題を呼びました。

そのほか、『黄色い家』の基本情報は以下のとおりです。

作者

川上未映子

出版社

中央公論新社

出版年月

2023年2月

ページ数

608ページ

価格

2,090円

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一口感想

鳥肌が立つほど絶望的な明るさから始まる花と黄美子さんの暮らしは、やがて虚ろな結末を迎える。
社会的な「常識」では、花はようやくまっとうな社会へ戻って来た、ということになるんだろうけれど……。

まともに生きなさいと嘯く世間に「そちら側に行く方法を教えてくださいよ」と泣き顔でせせら笑う、少女と大人と、すべての人の物語。

あらすじ (ネタバレなし)

高校生の花とスナックで働く母親は、文化住宅で貧乏暮らしをしています。
家にはいつもスナックの関係者や母親の友人が出入りし、花は学校でも浮いた存在です。
花が初めて黄美子さんと出会ったのも、その家でのことでした。

家を出るつもりで貯めていた金を奪われ、気力を失っていた花は黄美子さんと一緒にスナックを経営することになりました。
そこに蘭と桃子という少女たちが加わり、4人の暮らしは束の間に平穏を得て――そして、闇の奥の底の底まで、転がり落ちるのでした。

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レビュー (ネタバレあり)

「黄色」は、風水では金運の色。
黄美子さんの言葉をきっかけに「黄色は自分のお守り」と定めた花は、部屋の中に黄色コーナーを作り、黄色いものを収集しています。
だんだんと壊れていく生活を守ろうと、家の内壁まで黄色に塗り始める花。

もうね、どこを読んでもゾワゾワする。
早く終わって、もう解放してあげて、と叫びたくなる。
リアリティとか現実味とか、そういう言葉を大きく超越した存在感。
久しぶりに、すごい小説を読みました。

花も黄美子も蘭も桃子も、そして夫に殺されるホステスの琴美も、シノギで生きている映水 (ヨンス) も。
彼女らを裏切り、破滅へのとどめを刺すヴィヴですら、いわゆる「悪人」ではない。
悪い人なんて誰もいないんですよ。
あるのは金だけ。
その金を、どこから手に入れるかの違いだけ。

スナック「れもん」を失った花たちが手を出すのは、世間を騒がしている「闇バイト」のようなシノギです。
偽装クレジットカードの「出し子」となった花たちは、1日に何十万という金を得られるようになります。
黄色い家の中、紺色の箱の中にため込まれた金額は2,000万円以上。
それだけの金を貯め込んでも、花は安心できません。
脳裏をかすめるのは、小料理屋のエンさんの言葉。

自分の金、貯めて貯めて、こぼれたのをちょっとすすって生きていくくらいでちょうどいいよ、なんの保証も約束もない生きかただもの。

pp.154-155

蘭と桃子には、帰る場所がある。
未来を描ける。
だけど、花にはなにもない。
なにもないどころか、黄美子さんがいる。
黄美子さんは、ひとりではなにもできない。

たぶん、軽度の知的障害があるのでしょう。
女子高生の花にとっては唯一の支えだった黄美子さんは、なにもできない、なにも考えられない大人だったのでした。

黄美子さんとの生活を守るため、花は自分を追い詰めます。
そうすることでしか、生きられない女の子なのです。
のんきに過ごす蘭や桃子たちへのモヤモヤは、激しい怒りへ変わります。

そして少女たちの決裂は、シノギの仕事を回していたヴィヴが飛んだことで、決定的な最後を迎えました。
ラストシーンの花と黄美子さんの会話が、救いのような悲しいような。

「貧困」「弱者」「女」「少女たち」というのは文学的にもすでにありふれたテーマです。
けれどこの作品は、なんていうか……フィクションの壁の向こう、ガラス張りの向こうで誇張されたドラマとは全く違う強さで彼女らの生活が迫って来る。
吐息どころか、土のついた靴底が顔面に飛んでくるような、強烈さがある。
「かわいそうねえ」なんて言ってる余裕もないくらい、息が止まるくらいのすご味を持つ小説です。
読み終わった後、数日はぼんやりするくらい。

いままで川上さんの作品は『乳と卵』しか読んだことがなかったのですが、これはもう、レベルが全然違いますね。
圧巻。
言葉もない。
怖いくらい。

主要な登場人物はほとんどが女性にも拘わらず、そして「美人」や「悪い大人」、「家出少女」といったよく見るキャラクターが出てくるにも拘わらず、安易な展開は許してくれない。
「これは作り話」と安心する隙を与えてくれない。
ああ、なんということだ。
これはいったい、なんなんだ?

というわけで、『春のこわいもの』も『ヘブン』も『すべて真夜中の恋人たち』も読みます。
買います。
しばらく川上未映子の世界から、逃れられそうもありません。

まとめ

悪は悪、悪者は悪者、と思えるなら安心できる。
「クライム」と言いながらも最終的には社会的な「まっとうさ」を肯定する、あるいは羨望する物語が多い中で、この作品は本当に突き抜けている。

なんと評すればいいのかわからない。
だれもかれも金を求めてうごめいているのに、誰にとっても金はなんの意味も持たない。

読後2日が経ちました。
心のざわつきは、まだ収まらない。